カテゴリー「2006年最澄と天台の国宝展」の4件の記事

2006年6月 8日 (木)

「最澄と天台の国宝」展 個性的な仏像たち3

天台のお薬師さま

 京都雙林寺からいらっしゃった薬師如来坐像(平安時代9世紀、重文)は、とても優しそうで、フレンドリーで、とても温かい印象の仏様でした。
 伏せられた両目と横に広がったお鼻。そして太い唇でかすかに微笑んでいらっしゃるお顔を拝見するだけで、心が温かくなります。施無畏印を結んだ右手も、大きな薬壷をお持ちの左手もとても大きく、がっしりしていて、なんだか安心感を覚えます。
 悩み事をお話したら、「うん、うん、大変だねぇ。でも、大丈夫だよぉ」と太い声できっと言ってくださいます。そして、そのお声を聞いたら、なぜだか納得してしまいそうな気がします。
 今、雙林寺さんのサイトを拝見したら、とても気さくそうなご住職が楽しいサイトを運営されていました。
http://www.sourinji.com/ このサイトでご本尊として紹介されているのが、このお薬師様です。こちらのお写真は白黒ですが、実際にはお顔とお胸のあたりを中心に金箔が残っていて、それもまた素敵です。

 天台の寺院でお薬師さんはとても大切におまつりされているようです。
 これ以外にも何点か出展されていました。
 滋賀善水寺からお出ましの薬師如来坐像(平安、重文)は、数十年に一度しか公開されない秘仏で、寺外での公開は今回が初めてということでした。
 また、「最澄と天台の国宝」展の東京会場である今回の展示では、会場のお隣の東京・寛永寺のご本尊で秘仏の薬師三尊像(平安、重文)も出展されていました。表情が堅めで、近寄りがたい印象でしたが、お隣とはいえ、よくぞお出ましくださったと思いました。
 千葉松虫寺七仏薬師如来像(鎌倉、重文)は、薬師如来坐像1躯を中心に、その左右に薬師如来立像を3駆ずつおまつりしたものでした。お薬師さんを7体並べる形式というのは聞いたことはありましたが、拝見したのは初めてでした。数のパワーを感じます。成田市のサイトに説明と写真があります。
http://www.city.narita.chiba.jp/sosiki/kankei/seisui/san_matumushi.html

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「最澄と天台の国宝」展 個性的な仏像たち2

エキゾチックな普賢菩薩像(大分・大山寺)

 5月8日の書き込みに続いて、この展覧会の感想を書きます。
 どうしても書き留めておきたいのは、大分県大分市の大山寺からいらっしゃった普賢菩薩坐像(平安時代10~11世紀、重文)です。
 ものの本によると、平安後期は女人往生を説く普賢菩薩への信仰が高まった時期だそうです。また、法華経を信仰する人の前に、六牙の白い象に乗った普賢菩薩が現れるとされており、平安の女性たちの間で法華経の写経が熱心に行われたと聞いています。この像もちょうど、その頃の作品だと思われます。
 同時期の作例として、大倉集古館に収蔵されている国宝の普賢菩薩像(木造の仏像)や、東京国立博物館所蔵の絹本着色の国宝の普賢菩薩像(絵画で、今回の展覧会でも前期に出展されていた)があり、どちらも目を見張る美しさと上品さです。
 ところが、今回出展されているこのお普賢様は、これらとはまったく違う趣です。
 まずは、茶色いエキゾチックなお顔とお体で、腕を左右に8本ずつお持ちであることに仰天します。金色の大きな白毫と、赤と黄金を混ぜたような不思議な色彩の真ん丸い光背が、異人らしさをさらに高めています。
お普賢さまに異人らしさというのも変ですが、このお普賢様は日本や中国の出身という感じがせず、妙にインドなどの南国の感じがするのです。
 もっと驚くのは、台座の蓮弁の下の白象です。連弁のすぐ下に4頭の白象が並び、さらにそのすぐ下に、それよりやや小さめの白象が8頭並んでいます。しつこいほどの象の出し方にも圧倒されました。
 先に挙げた二つの作例が日本的な美しさを極めたものであるのに対し、この作品は、とってもエキゾチックです。遣唐使が廃止されてしばらく経つ時期に、このような異国情緒たっぷりの仏像がつくれていたことに驚いています。会場でも、しばらく見とれてしまいました。
 大分のテレビ局のサイトにこの像の説明と写真が出ていますので、ご覧ください。
http://www.e-obs.com/rekisi/kodai/heian1/taisanji.htm 

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2006年5月 8日 (月)

「最澄と天台の国宝」展 個性的な仏像たち1

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 5月7日の書き込みに続いて、この展覧会の感想です。
 やはり一番の注目は、延暦寺の聖観音菩薩立像(平安時代・重文)かと思います。左手に蓮華のつぼみを持ち、右手でそれを開こうとするお姿だそうです。シンプルな美しさと優しさに満ちています。信長の焼き討ちや落雷による火災の際に、奇跡的に救出されたものだそうです。きっとこの美しさを心から愛した人たちが必死の思いで救い出されたのだと思います。感謝。
 また、7日も書きましたが、千手観音が毘沙門天と不動明王を脇侍にした三尊形式の仏像(滋賀・明王院蔵)(平安・重文)もありました。3躯とも1~1.2メートルくらいかと思われる少し小さめな立像ですが、なかなかの表現力です。特に、向かって左の不動明王像は切金を施した色彩と黄金の瓔珞が美しいです。千手観音様は小さめのわりに、一つ一つの持物が実に精巧に作られていました。
 福岡・観世音寺の兜跋毘沙門天立像(平安・重文)と京都・鞍馬寺の毘沙門天立像(鎌倉時代)が並んで展示されていましたが、どちらも大型の木造で迫力満点でした。かっこよすぎです。鞍馬寺の毘沙門天像といえば、右手を目の上に掲げるお姿のものが有名かと思いますが、今回出展されていたのはもっと一般的なお姿でした。ただ、お背が高く、下を見下ろすという点は同じでした。私がちょうど近くに参りますと、下を見下ろす毘沙門天様と目が合ってしまい、かなりどきどきしました。

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2006年5月 7日 (日)

「最澄と天台の国宝」展 概観

展覧会: 「最澄と天台の国宝」展(天台宗開宗1200年記念特別展)
会場: 東京国立博物館
開催期間: 2006年3月28日~5月7日
私の訪問日: 2006年4月18日(火)
展覧会サイト: 
http://event.yomiuri.co.jp/2006/tendai/

天台独自の多様な仏教美術の世界

 東京国立博物館で開催された「最澄と天台の国宝」展に行ってきました。
 最澄が806年に比叡山で天台宗を起こしたのを記念した天台美術の展覧会で、比叡山の延暦寺など、遠方の天台寺院から、たくさんの仏像さんたちもお出ましでした。
 運慶や快慶の作品がいくつも登場した2年前の「空海と高野山」展ほどのゴージャスさはありませんでしたが、織田信長の比叡山焼き討ちなど戦乱を生き延びた仏様たちのお姿は感動的でした。
 私は以前、空海の開いた真言密教、東密に対し、最澄が開いた天台宗を台密と呼ぶと読んだことがあり、天台宗についても密教の一派という認識しかありませんでした。
 今回の展覧会で勉強したのは、それは天台宗の一面にしかすぎないということでした。
 比叡山に学んだ僧の中から、浄土宗の法念、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、浄土真宗の親鸞、日蓮宗の日蓮らの開祖が生まれているように、天台宗は非常に懐の広い、言ってみれば総合大学のような宗派だということが分かりました。
 仏像を見るだけでも、それは分かります。
 真言宗では、大日如来や不動明王を始めとした五大如来、五大明王などの作例が多く、阿弥陀如来や釈迦如来などはほとんど見られません。また、浄土系の宗派では、主に阿弥陀如来様をおまつりします。さらに禅宗になると、仏像の存在自体が真言宗などに比べ重視されず、人間としての釈迦如来と二大弟子とで三尊とする形式などが見られます。宗派ごとに特有の「こだわり」の仏様がいらっしゃるのです。
 一方、天台では、多種多様の仏様がおまつりされているようです。今回の展覧会でも、お薬師様や観音様のほか、大日如来や普賢菩薩、毘沙門天など、さまざまな仏像が見られました。
 また、天台でしか見られない、言ってみれば常識外れの仏像の配置形式もあります。例えば、今回の展覧会では、向かって右から毘沙門天、千手観音、不動明王の三尊をおまつりするという形式のものが出展されており、一般に仏像を勉強してきた人間としてはかなり驚きます。思えば、日光の輪王寺にも、右から千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音という、驚きの三尊形式がおまつりされていますが、ここも天台のお寺です。
 仏像という観点から知る限りですが、非常に奥の深いよう宗派のように感じられます。
 一神教の原理主義に対し、私はこのような多様性を強く尊重します。このような多様性と寛容性こそ平和の礎となるはずです。

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