カテゴリー「仏像ブックレビュー」の2件の記事

2015年2月22日 (日)

自然と仏と神が一体になる日本の信仰の真髄がここにある!白洲正子『十一面観音巡礼』

世田谷美術館で白洲正子展を見てから3年が経ち、やっと彼女の著作を読む機会に恵まれた。
この展覧会でも痛いほど伝わってきたことだが、白洲の関心は、自然と仏と神が一体となる日本の古来の信仰の美しさにあると思う。その美しさが、十一面観音にフォーカスすることで明らかにされていく。
本書の冒頭に登場するのが、奈良県桜井市の聖林寺の住職から白洲が昭和の初めに聞いたという話である。この住職が少年の頃、大神神社から十一面観音像と地蔵菩薩像を台車に積んで聖林寺まで運ぶのを手伝ったのだという。あのフェノロサも付き添ったのだそうだ。聖林寺を訪れた人ならわかると思うが、この移動はかなりの登り坂である。廃仏毀釈の吹き荒れるなか、二体の仏像を必死で守ろうとする日本人と米国人の姿を想像し、こみ上げるものがあった。
この冒頭のシーンだけでも何度読み返しただろう。ここ以外にも何度も読み返したくなる箇所があり、わたしは毎晩少しずつ、途中で前のページを繰りながら読み進めた。そのようにして読むのが楽しい本だった。
東大寺お水取りの説明も詳しく、印象に残っている。これも自然と仏と神が混在する話である。神と仏と人と自然との間の愉快で、おおらかで、しかも優しいエピソードに、日本の心の美しさを感じぜずにはいられない。
英語訳でも読みたいと思って探してみたのだが、出版されていないようだ。日本の美しさを伝える名作なだけに、残念である。
ああ、本書を片手に、十一面観音さまを訪ねる旅に出たい。

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2015年2月21日 (土)

久しぶりの見仏記で法然上人を読む!

角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日 : 2012-08-25
 法然上人を心のヒーローと仰いでいる。
 先日、図書館で法然さま関係の本を探したのだがあまり見当たらず、かわりに『見仏記ぶらり旅扁』(平成23年、角川書店)を借りてみた。
 見仏記シリーズはみうらじゅん(MJ)といとうせいこう(IS)が各地の仏像を見てまわる旅行記で、そのサブカルチャ的なアプローチをきっかけに自ら仏像好きになった若者も少なくないらしい。かく言う私はいつの頃か、ISのスノッブの文体が気になるようになり、しばらく新作には手を出していなかった。
 しかし、今回の『ぶらり旅扁』ではご両人が法然上人像を訪ね歩くくだりがあり、がぜん興味をもって読むことができた。
 特に、京都の知恩院、永観堂、金戒光明寺、誓願寺は、法然25霊場の巡礼で昨年お参りしたばかりで懐かしい。その一方、金戒光明寺では、特別公開の法然涅槃像をお参りしたことが記されており、未拝の私はあまりの羨ましさに歯ぎしりした。
 二人の法然めぐりで感心なのは、最初に訪れた場所がMJの母校だったということ。彼は京都の東山中学高校という浄土宗の学校出身なのだそうだ。MJの初ステージとなった同校の体育館には、法然さんのお像(当時は掛け軸で現在は彫刻)がまつられているとのこと。MJさんはちゃらんぽらんなように見えて、実は礼儀とか気配りを大切に考える人なのではないかという印象をもっているのだが、そのルーツの一つにこの学校での学びがあったのかもしれない。
 『ぶらり旅篇』には私がまだお参りもしてなければ、その存在すら知らなかったお寺が登場する。特に気になったのが京都の長講堂である。ここには勢至菩薩と阿弥陀如来をそれぞれ胎内仏にもつ法然上人像と善導大師像がおまつりされているとのこと。私は阿弥陀仏・法然さま・善導さまの三尊が大好きなので、ぜひにもお参りさせていただきたいと思った。
 最初に少しISをディスってしまったが、実は本書のあとがきにISが書いた文章がじんわりときた。まぁ、文章がやはりスノッブなので、簡単にまとめさせていただくと、「長年、仏像めぐりをしてきて、夕焼けや老人、猫など、何を見ても仏性を感じるようになった。すべてのものが仏なのだ。だから、何を見ても楽しい」という内容だった。
 私もまったく同じことを普段から考えている。
 一切衆生悉有仏性。
 仏像めぐりを長年続けてきたおかげで、身近なものに仏性を感じられるようになった。毎日が楽しい。思わぬ素敵な副作用の効能を感じている人は自分だけではないようだ。

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