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2017年10月の1件の記事

2017年10月 1日 (日)

武蔵国高麗郡、聖天院

2017年9月24日。埼玉県日高市の聖天院をお参りしてきました。

西武線高麗駅→巾着田(曼珠沙華が満開)→高麗郷民俗資料館→聖天院→高麗神社→JR高麗川駅。楽しいお散歩でした。

<きっかけ>

数年前、飯能の冬至の軍茶利明王のご開帳に行ったとき、西武線高麗駅を通過した。このとき、高麗という駅名と駅前の巨大なチャンスンに興味をそそられた。調べてみるとやはり、渡来人が住んでいた地域だった。「コウライ」ではなく、「コマ」と読む。そして、巾着田という特殊な地形に曼珠沙華が咲き誇ると知った。念願かなって、やっと今年、曼珠沙華の時期に出かけることができた。
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※高麗駅前のチャンスン(魔除けの境界標)


<歴史>

高麗(こま)の歴史は古い。
古代朝鮮の頃、660年に百済が、668年に高句麗が滅びると、多くの人が日本に逃れてきた。続日本記に、716年、武蔵国に高麗郡を設置し、渡来人1799人を移住させたと記録があるそうだ。高麗郡は1896年(明治29年)まで続き、その中心地が埼玉県日高市にあったと考えられる。

高麗郡の初代郡司を務めたのが高麗王若光という人物。この若光をまつったのが高麗神社で、若光の菩提を弔うため751年に創建されたのが聖天院なのだそうだ。高麗神社と聖天院は日高市新堀に今も存在する。

<聖天院>

聖天院は不思議なお寺だった。

巾着田から歩いて最初にこの山門を見たとき、古刹であることを実感した。はじけたグルービーな風神雷神様が門をお護りされている。

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しかし、よく見ると、堂々とした山門の前にチャンスンがそびえている。山門の東側には、弘法大師像が立つが、そのすぐ隣に高麗王廟がある。廟の前には、韓国で見かけるのとそっくりに祈りの小石が積んである。

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さらに、山腹に登ると、本堂の奥に、在日韓民族無縁仏の慰霊塔がある。ソウルの奉恩寺を思い出す景観だった。3.1運動発祥の地ソウルのパゴダ公園のを模した八角亭も建てられていた。在日の方々が建てられたようだ。

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古刹であるが、今も韓国と結びつきのあるお寺のようだ。

<聖天院の仏像>

聖天院はもともと若光の念持仏だった聖天様を本尊としていたが、その後、真言宗に改宗し、今は不動三尊が本堂中央にまつられている。埼玉県日高市の指定文化財だ。

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阿弥陀堂には、阿弥陀三尊と聖観音立像。中尊の阿弥陀如来坐像は江戸期に終了後を受けたものの、元々は鎌倉時代のもので、やはり市の文化財。

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山門には、はじけた感じの風神、雷神がおられて、楽しく度肝を抜かれる。御足の爪に心を奪われた。

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